愛甲の架空鉄道あれこれ

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2006年 01月 23日

キハ30系列なぞに

再び目覚めつつある愛甲です。

コトの発端は今年の正月。
実家のクローゼットを整理整頓していたときに、古いアルバムを「発見」したことが始まりでした。
そのアルバムには、今から15年ほど前、当時小学2年生だった愛甲少年が撮影した相模線や八高線のキハたちの写真が収められていました。



以前もお話ししたとおり、キハ30系列は、私の気動車趣味の原点です。
ガキならではのへたくそなアングルや、何を意図して撮ったのかわからない写真の数々を眺めつつ、アルバムをめくるたびに甦る懐かしい思い出の数々…

相模線のキハ30系には、水色のつり革がついていたこと。
駅に停まるときはブレーキシューをジリジリガラガラ言わせながらホームに滑り込み、ブレーキの緩めが弱いと例の青いつり革たちがいっせいに「がっくん」と揺れたこと。
「停車中は使用しないでください JR東日本」の表示があった便所。

中間に挟まった運転台。
覗き込めば加速時にふにゃふにゃとだらしなく上がってゆく速度計。そしてガムテープで目張りされた通風口からヒューヒューと、これでもかと入り込んでくる隙間風。

茶色いモケットのうらぶれた座席、ガラゴロと閉まる外吊り戸、天井を見上げればJNRマークの残る扇風機に鏡餅を半分に割ったようなベンチレーター。
そしてなによりも開け放たれた窓から容赦なく飛び込んでくるDMH17HやDMF14HZのアイドル音…

今は何もかもが、遠い思い出の中です。
久留里線と関東鉄道に少数の生き残りがいるとはいえ、私の中でのキハ30系列のあるべき姿は、
厚木駅の信号所で相鉄の電車を横目に交換待ちをする情景や、
金子の駅を出て、東飯能へと雑木林を転がるように走っていく様子に、どうしても収斂されがちです。
これも少年期の経験と思い出のせいでしょうか。

こんな記憶の断片を探りながら、最近、キハ30系列を主役にした架鉄でも作ってみようかと思っています。
叶うことなら「あの頃」をもう一度架鉄で表現できないかと…

とりあえず絵は描きました。色はもちろん、思い出の首都圏色と相模線色です。

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キハ35 159(高タカ)



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キハ35 211(東チサ)





あとは私の想いと力量と、そして暇次第。
想いは十分です。
が、力量と暇は「…」です。

まあ、そのうちに。
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by aikoh_denki | 2006-01-23 22:07 | JR常武線


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