愛甲の架空鉄道あれこれ

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2009年 09月 22日

主役

b0060079_20565564.jpg【キハ35 108】 1990年9月23日 久喜駅にて
常武線を語る上で欠かせないのは、なんといってもキハ30・35である。
かつては大宮区と高崎区に分散配置されていたが、川越線の電化に合わせて全車が高崎区に転属した。

高崎区の気動車群は形式に関係なく、常武線・八高線での共通運用が組まれていたため、高崎から八王子に至り、そのまま折り返して遠路、土浦まで足を伸ばす運用もあった。
当然、そんな運用にキハ30・35が充当されようものなら、八王子から土浦まで乗り通すとなると、4時間近くもロングシートに揺られることになる(キハ35の便所前ボックスシートに座れば別だが)。
それはもはや苦痛以外の何者でもなかったが、そんなことをするのは鉄道ファンぐらいのものであった。

では、鉄道にこれといって興味のない一般客はというと、中央線や京王線で新宿に出て、山手線から常磐線へ乗り継ぐのである。

【作者メモ】
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# by aikoh_denki | 2009-09-22 20:59 | JR常武線
2009年 09月 09日

沿革

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JR常武線は、茨城県の土浦から、水海道や境を経由し、埼玉県の久喜、鴻巣、坂戸そして高麗川を結ぶ、全長105.6kmの非電化路線である。
路線名の由来は土浦の所在する常陸国の「常」と、高麗川の所在する武蔵国の「武」から取られた。

首都圏の外縁部を走る長閑な路線であるが、その起源は1930年(昭和5年)と、意外と新しい。
というのも、常武線は、昭和初期当時の国家的要請である東海道~東北方面の貨物輸送のバイパス線として計画されたものであり、同様の敷設目的を有する八高線と、ほぼ同時期に建設された経緯を持つ。

このことから、八高・常武の両線と、それに少し遅れて建設された川越線は、兄弟関係にある路線として扱われることもある。

b0060079_2325246.jpgさて、現在の常武線では、JR東日本の標準型気動車であるキハ110が幅を利かせているが、15年ほど前までは、関東各地や遠く南東北からかき集められた国鉄型気動車の天下であった。

今回紹介する写真を撮影した1990年代前半でさえも、さすがにキハ20は見当たらなかったが、それでもしかし、八高線との共通運用車に相模線の生き残りを加えたキハ30・35を主力に、水郡線を新鋭気動車・キハ110に追われたキハ23・40・45、同じく磐越東線を追われたキハ28・58などがかき集められ、それらが国鉄時代をほうふつとさせる異形式混結の編成を組んでは、北関東と南関東の狭間で日々の運用に就いていたのである。

このページでは、一昔前の常武線で繰り広げられていた日常を紹介する。

【写真上:1991年9月22日 生子-大歩間にて】
【写真下:1990年9月23日 北高萩駅構内にて】

【作者メモ】
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# by aikoh_denki | 2009-09-09 23:26 | JR常武線
2009年 09月 08日

JR常武線 -関東最後の国鉄型気動車の王国を訪ねて-

b0060079_2217215.jpg【キハ30 18】車番標記 1990年11月23日 坂戸駅にて

JR常武線(JR Jobu Line)
そこには、1990年代前半まで国鉄型気動車が生き延びていた。

関東最後の国鉄型気動車の王国。
かつて「当たり前」だった、その日常を、今想う。

※常武線ネタをブログに移そうと思います。
※この架鉄は、現在公開分だけで終わりにするつもりはなく、もう少し遊んでみたいと思っています。ついでに各写真のネタバレも。
※ひとまず、既に公開している分の移転を進めます。

【作者メモ】
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# by aikoh_denki | 2009-09-08 22:19 | JR常武線
2009年 08月 30日

ミッシングリンク

常総急行に限らず、過去から現在までの電車を考えていく際に、どうすればいいのか決めかねる年代があります。
それは、1950年代後半から60年代前半の、今までのつりかけ駆動に自動空気ブレーキの組み合わせを脱し、軽量車体にカルダン駆動と電空併用ブレーキを具備する、いわゆる「新性能電車」の黎明期です。

日本の電車の系譜を考えるときに勘違いしてはいけないことがあります。
それは、旧性能電車から新性能電車へバトンタッチする際に、16~18mクラスの半鋼製旧型車からいきなり20m4ドア両開きの新性能電車に移行した会社は皆無だということ。

日本の電車にとっての大きなターニングポイントといえば、大量輸送に特化した国電63形の大型車体と、営団300形による車体・足回りの近代化の2点が挙げられます。
ですが、ロクサンの大型車体に、営団300形の高性能な足回りを組み合わせるという発想は、少なくとも国鉄101系が登場するまでは、どの鉄道会社にもなかったのではないかと思います。
もしくは、発想はあっても、新技術への投資余力の欠如、あるいは鉄道施設そのものの足かせにより、そう易々とは事を運べなかったのかもしれません。

この時期の関東私鉄の史実を鑑みると、大きく分けて、ふたつの潮流があるように思われます。

ひとつは、これまでの中型電車をベースに、軽量化・全金属化などの徹底的な近代化を加えてフルモデルチェンジし、新しい足回りと組み合わせて、少しずつ車両を置き換える流れ。
ここでは、20mクラスの大型電車の登場は、新性能中型車の登場より1世代後になります。
史実では、小田急、東急、京王などが該当します。
この手法は軌道法に準拠した設備を持つ鉄道や、逆に開業が新しく、地方鉄道定規に従って敷設された鉄道に多いように思います。

もうひとつは、ロクサン型や、もしくはそれ以前の戦前型電車をベースに、車体のみを近代化し、古い足回りでもいいから、とにかく大量の新車を短期間に導入する流れ。
20mクラスの電車はあるものの、それに新しい足回りを組み合わせる余裕もなく、ひたすら車両の頭数をそろえることを最優先に車両を増やした会社です。
史実では、西武、東武が筆頭でしょうか。
この両者は、開業が古く、規格に比較的余裕があり、なおかつ路線網が広く、沿線の都市化が急速に進んだ鉄道であるといえましょう。

このようにどこもかしこも、それぞれの段階を踏んで、徐々に大型新性能車へと移行しています。
常総も、中型の旧性能車から23系という20m級の新型電車へのリレーという構図はできているのですが、これらを結びつけるミッシングリンクに悩んでいます。

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# by aikoh_denki | 2009-08-30 11:29 | 常総急行
2009年 08月 16日

未来からやってきた電車

209系電車。
従来、新製より20年以上使用するのが当たり前であった電車のライフサイクルを、減価償却というソフト面、あるいは機器の老朽化や技術革新というハード面を鑑み、あえて使用想定期間を13年前後に短縮。
そうすることで、車両に関わるコストや労力の最適化を図るべく、1992年に登場した電車です。

しかし、そのコンセプトに理解のない鉄道ファンからは「13年しか使えない電車」とか「使い捨て電車」などと謗られ、果ては「走るンです」などというありがたくないあだ名まで付けられる始末。
確かに、薄い構体がもたらす側板のゆがみや、妙にプラスチッキーな内装は、ファンに「安物」というイメージを与える原因でもありました。

その是非はさておき、この209系から始まったJR東の電車の世代交代は、瞬く間に国鉄世代の旧型車を駆逐し、JR後にも増備の続いた205系や211系をも地方へ転属させるほどの勢いで進められ、
いまやJR東管内の電化区間でその姿を見ないことはないまでに、新世代電車は勢力を拡大しました。

平成生まれの若い鉄道ファンにとっては、209系と、その系譜に連なるE501系、E701系、E217系、E127系、E231系などが幅を利かす現在の情景が当たり前なのでしょうが、
我々昭和生まれのファンにとっては、209系はまさしく「未来からやってきた電車」でした。

私は今でも覚えています。
1993年春、上野駅で当時まだ901系と呼ばれていた試作車に初めて接したときの衝撃を。

当時はまだVVVFインバータ車は珍しく、私が日ごろ使っていた小田急でも、1000形の増備が続いていました。
1000形のあの三菱製インバータの耳障りな音が当たり前だった私は、209系の比較的静かな起動音に度肝を抜かれました。

車内の、グレーの成形品を多用した内装と、電車のそれとはとても思えないような硬い座席。
線路方向ではなく枕木方向に並んだ蛍光灯に、完全固定の側窓。
さらには、空気の音もなく、静かに開閉するドア。聞けば、電気で開閉しているとのこと。
また、Hゴムや押さえ金でなく、ステンレスむき出しのドアにコーキング材だけで固定され、窓とドアがツライチなのが、やけに近未来的に見えたものでした。
(余談ながら、これより約10年後に就職した会社で、この窓固定方式はデンマークだかスウェーデンの企業がパテントを持っていて、パテント料がハンパないのと、コーキング自体がヘラを使った完全な手作業で行われているのを知り、驚いたものです)

こうして見るもの聞くものすべてが、当時私が知っていたどの電車にも見られなかった数々の新機軸であり、それをして私に901系改め209系を「未来からやってきた電車」と思わせたのでした。

901系で取り入れられた新機軸のいくつかは、量産に当たって従来どおりの仕様に改められ、また、客用窓等、後天的な改造で退化してしまった部分もありますが、
それでもこの「未来からやってきた電車」が、いたるところで見られるようになったこと、さらには、当初の目論見どおり13年超の使用期間を終え、209系が徐々に廃車になっているとの報に接し、私は改めて年月の経過を思い知らされるのでした。
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# by aikoh_denki | 2009-08-16 18:32 | 実在の鉄道
2009年 08月 13日

乗り換え案内

たとえば上野から宇都宮へ行きたい時。
時間に余裕があるならば、私は常総急行を使います。

常総急行はJRより遅いし乗り換えもあるけど、その代わり運賃は安いのです。
急行は言わずもがな、仮に田端から特急「しもつけ」を使ったとしても、JRの乗車券代と常急の乗車券代+特急券代の差額は¥320しか変わりません。
これならJRの在来線でグリーン車(¥950 or ¥750)を使うよりも安上がりですし、「しもつけ」ならJRの普通列車よりも停車駅も少なく快適です。
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やっぱり私鉄なら、スピードよりも、運賃とJRにはない付加価値で勝負です。
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# by aikoh_denki | 2009-08-13 00:21 | 常総急行
2009年 07月 21日

常総オリオンズ その後

常総オリオンズが「発足」して半年が過ぎました。

オーナーたる常総がシブチン(=課金していない)のため、せっかくの選手たちを生かしきれておらず、成績は伸び悩んでいますが、目下の主力選手はこんな感じ。

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# by aikoh_denki | 2009-07-21 23:59 | 常総急行
2009年 07月 20日

名鉄の偉大さ

名古屋に来る前は、「何で東海地方を舞台とする架空鉄道が少ないのだろう?」などと思っていましたが、2年半住んでみて、その理由を身をもって実感しました。

いろいろ考えたり調べたりして、「これは難しい」と。

都市圏の規模や地勢的な部分もありますが、何を差し置いても、名鉄の存在が大きすぎます。
これほどまでに架鉄然とした実在鉄道はありません。

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# by aikoh_denki | 2009-07-20 11:51 | The NGY Project