愛甲の架空鉄道あれこれ

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2010年 02月 20日

エピローグ

b0060079_0251678.jpg【常武線を走っていた気動車たち】 常武線沿線にて随時撮影
常武線から国鉄型気動車は去っていったが、それでも筆者は、いい風景を観ることができたと思っている。

華やかさとは無縁な、煤にまみれた旧い気動車たちが、毎日黙々と地域輸送に徹していた。
いうまでもなく、筆者は鉄道ファンである。
ゆえに、「鉄道車両」としての常武線の国鉄型気動車たちが好きだった。
だが、本当は、彼らを通じて、「鉄道のある風景」を感じ取るのが好きだったのだろう。

春の陽光の中でも、夏の炎熱の中でも、秋の月明かりの下でも、冬の極寒の中でも、そこには鉄道を使う人々の日常の息遣いが感じられる。
毎日変わることのない日常が、それでも確実に時を刻み続ける証として、鉄道は走っているようにも思える。

常武線に限らず、地方路線ではよくあることかもしれないが、常武線と、そこを走っていた旧い国鉄型気動車を通じて観ると、鉄道を取り巻くあらゆる風景が、なぜか身近に、そしていとおしく感じられた。

乗客や沿線の人々の一挙一動。
鉄路を担う鉄道員たちの眼差し。
そして路線を取り巻く街並みや自然。

そして、そんな風景が、当たり前にそこに存在していることのありがたさ。

筆者が「新型気動車」キハ110系を嫌った理由は、そんな常武線の日常を毀されることが嫌だったからに他ならない。
だがキハ110系も、登場から14年を経て、もう十分に常武線の日常に溶け込んだことだろう。
それが今の常武線の日常だというのなら、嫌う道理はないはずだ。

鉄道の魅力は、車両だけではない。
それをとりまく日常や光景にこそ、鉄道の真の魅力がある。
日常あっての鉄道だということ、そして鉄道あっての鉄道車両であり、我々鉄道ファンだということを、決して忘れてはならない。

…そろそろ乗りに行くとするか、大好きな常武線に。

JR常武線 -関東最後の国鉄型気動車の王国を訪ねて- -完-
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by aikoh_denki | 2010-02-20 01:00 | JR常武線
2010年 02月 20日

新鋭

b0060079_0105734.jpg【キハ111 107】 1996年6月12日 土浦駅にて
長らく国鉄型気動車が割拠していた常武線に、ついにこの日がやってきた。
1996年3月16日をもって、JRが誇る高性能気動車・キハ110系列が高崎区に大量投入され、八高・常武線用として長らく使われていた国鉄型気動車を一掃したのである。

同時に八高線は八王子-高麗川間が電化され、川越線や青梅線と一体化した運転形態に移行し、八王子-高麗川-土浦といった八高・常武を走りぬくロングラン運用は消滅。
こうして、生まれてこのかた兄弟同然のように扱われてきた八高線と常武線は、バラバラに寸断されてしまった。

そしてなによりも、「関東最後の国鉄型気動車の王国」が瓦解したという事実。
時代の流れとはいえ、そこにはもう、筆者の観たい風景はなかった。
ゆえに筆者はこのキハ111-107を撮影して以来、常武線に乗るどころか、訪ねることもしていない。

【作者メモ】
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by aikoh_denki | 2010-02-20 00:11 | JR常武線
2010年 02月 15日

交換

b0060079_2320173.jpg【キハ30 34】 1995年8月26日 武蔵笠原駅にて
灼熱の土曜の昼下がり。
部活動に向かう中学生の集団が、武蔵笠原駅の改札口を挨拶とともに次々に通り過ぎる。
委託のおばちゃん駅員は、彼らからきっぷを回収するのにおおわらわだ。
若い彼らを降ろし、対向列車を待ちつつ一息つくのは、八王子行きのキハ30。

熱を帯びた夏の風が、駅裏の田んぼで頭を垂れ始めた稲穂を撫ぜてゆく。
オイルと鉄粉にまみれた40kgレールが、夏草の中で陽炎に揺らめく。

しばらくして、構内踏切が鳴り始めた。
目をやると、二条の鈍色の上を、のそのそと巨体を揺らしてキハ40がやってくるのが遠くに見える。
キハ40を迎え、信号が変わればこちらの休憩は終了。発車時間である。

何気ない夏の風景。
だが、この夏は、常武線での国鉄型気動車とって、最後の夏でもあった。

【作者メモ】
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by aikoh_denki | 2010-02-15 23:23 | JR常武線