愛甲の架空鉄道あれこれ

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2008年 11月 06日

愛甲が平塚を目指さなかった理由

理由と書いて「わけ」と読むのはお決まりのパターンです。

さて、唐突ですが、掲題について。
本サイトのトップページには「相州商人たちは平塚を目指していたけど、戦争でゲルピンになったのでやめちゃった」旨が書いてありますが、本当のところは私自身が厚木~平塚という区間にそれほど思い入れを感じなかったからなのです。

無論、私は平塚が嫌いなわけではありません。
神奈川ならばどこであろうと、我が愛すべき故郷なのですから。
しかしご存知の通り、私の本当の地元はいわゆる「愛甲郡」でして、平塚市を含む「中郡」は、いわば非日常の世界でした。
ゆえに、ガキの頃に平塚に行ったなんて指折り数える程度。
行った理由も、日産車体の工場見学ぐらいしかまともに覚えておりません。
そんなガキが大きくなって、架空鉄道に想いを致したとき、必然的にクローズアップされたのは地元・愛甲郡だったのです。



本来、培養線たる弱小鉄道が、東海道本線という国家の背骨たる大幹線に近接しつつも接続しないのは、確かに不自然だとは思いましたが、しかし同時に私は、平塚から厚木にかけての相模川の沖積平野を走るABFM車の姿を、どうしても想像することができませんでした。
それはやはり、平塚への思い入れがなかったからだと思うのです。
愛川や清川を走るABFM車はいくらでも想像できたというのに…。

換言すれば、愛甲は、私が愛甲郡の人間であったが故に成立しえた架空鉄道であるといえましょう。
私が仮に横浜や平塚や小田原の人間であったならば、愛甲郡に鉄道を走らせるという着想は得たとしても、今ほどいろいろ突き詰めて考えたり遊ぶこともなかったでしょうし、ここまで愛甲を愛することもなかったのでは、と思います。
あるいは逆に、「愛川や清川の山ん中を走るABFM車なんて想像しがたいものがある!」とか言いつつ、平塚~厚木間だけで、ABFM車の楽園を創っていたかもしれません…

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ああ、我が故郷の風景よ。
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by aikoh_denki | 2008-11-06 23:36 | 愛甲電気軌道


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