2011年 08月 08日

東へ

名古屋界隈で架鉄を考える上で、もうひとつ考えてみたいのが「名鉄(愛電)の東進」。
現実世界では豊橋で止まっている路線を、浜松あたりまで延ばせないかという目論見です。



とりあえずルート提示から。
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おおざっぱに、ルート候補としては2つ。
すなわち、豊川から本坂峠を通って三ケ日に抜け、猪鼻湖の北岸を経由して気賀に至るルートと、
豊橋から豊鉄の路面電車に近いルートを辿りつつ、多米峠を越え、猪鼻湖をぐるりと回りこんでいくルートの2つです。
後者は、猪鼻瀬戸(猪鼻湖と浜名湖の切れ目)をショートカットしていくルートも念頭に置いております。

浜名湖北岸から浜松市内へは、遠鉄奥山線を乗っ取るか、もしくは短絡新線を敷設しようと考えています。

さて、肝心の敷設年代ですが、この区間の場合、政治的理由よりも技術的な理由からの裏づけが必要です。
というのも、どちらの峠を越えるにしても、鉄道である以上は3kmから5kmぐらいの長大トンネルを掘る必要があるだろうと踏んでいるからです。

よって、峠を越えるタイミングとしては、それぐらいのトンネルが比較的容易に掘れるような技術の蓄積が十分に行われた年代になると推測します。
具体的には、1920年代後半から1930年代前半でしょうか。
参考までに、近鉄の旧青山トンネル(3,432m)は1930年開通、旧生駒トンネル(3,388m)は1914年開通です。

あとは、史実では過剰投資のツケに苦しんだ愛電が、どうやってカネのかかる長大トンネル掘削と浜松延伸を成し遂げたのかを考える必要もあります。
豊川・豊橋から浜松へ、東海道線とは別ルートで鉄道を敷設する動機や政治的なバックボーンそのものはいろいろと浮かびますが、国鉄二俣線や(悲運の)光明電気鉄道、それに前述の遠鉄奥山線や西鹿島線などとの兼ね合いも詰める必要があるので、いささか難しいところです。

それらについては、また別の機会に考えることにします。
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by aikoh_denki | 2011-08-08 00:16 | The NGY Project


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