愛甲の架空鉄道あれこれ

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2010年 01月 09日

異色

b0060079_23512989.jpg【キハ30 ???】 1990年9月23日 武蔵吉見駅にて
真っ黒い排煙を吹き上げ、エンジン音もにぎやかに武蔵吉見駅を去ってゆく八王子行き。
よくよくネガを見てみると、真ん中には相模線色のキハ30が挟まれているのに気がついた。

一時、個人的に相模線色が、そのまま八高線と常武線の線区カラーにならないものかと思っていたことがある。いささか野暮ったいとはいえ、朱色5号よりもはるかに明るくてスマートな相模線色が、八高線や常武線のイメージアップにつながるのではとの思いからだった。

だが、やはりというか当然というか、それは筆者の勝手な思い込みに過ぎなかった。
いつまで経っても既存のキハ30系列は朱色5号のままで、一向に塗り替えられる気配がない。
それどころか、全般検査上がりの車両までが、相模線色に塗り替えるどころか朱色5号でピッカピカに塗り直されて出場してきたときには閉口した。
それらの塗り上がりはきれいでも、またすぐに排煙のススや油まみれになって、言葉は悪いが「いつものこきたない朱色」に戻った。

だが、今となっては、いろんな色の、いろんな形式の気動車が手をつないでいたということに価値があったのだと、やはり勝手に思い直している。



<以下、作者メモ>
【実車番号:キハ30 (不明)】 1990年9月23日 八高線金子駅-東飯能駅にて撮影。

上のキャプションでは「排煙を吹き上げて」とありますが、実際にこの区間は金子から東飯能へ向けての片勾配、通称「金子坂」で、写真のような下り列車は東飯能へ向けて転がるように走っていました。
逆に上り列車は、エンジンを震わせて1000分の20の勾配を登ってきます。
列車後方左、遠く小さな黒点が見えますが、これは金子駅の場内信号。
伯父いわく、この区間はSL時代はD51やC58を撮影する絶好の場所だったようです。

せっかくなので、1997年当時のこの場所の写真もUPしてしまいましょう。
b0060079_22543989.jpg

思い入れのある場所なので、つい話がそれてしまいました。
さて、八高線で、クリーム1号に青20号帯を巻いた車両が走ったのは、実質2年ぐらいだった気がします。
もとより茅ヶ崎から高崎へ移籍した車両が少なかったようで(キハ30が5両にキハ35が3両)、それも半数ぐらいは移籍から2年で廃車になってしまったようです。(実際には「貸し出し」扱いもあったようで、運用実績がある車両はもう少し多いかもしれません)
残った車両は朱色5号に塗りなおされたのだと思っているのですが、真実は「?」です。

それよりも、相模線電化と同時に茅ヶ崎から木更津へ移籍した2両のキハ30、すなわち【キハ30 62】と【キハ30 100】は、今でこそ旧国鉄の一般色に戻されて鉄道ファンの耳目を集める存在ですが、木更津転出時は相模線色だったはずで、わずかな期間ですが、久留里線を相模線色で走った気動車がいたのではないかと妄想すると、これまた愉快なものがあります。

…個人的には、旧国鉄色なんかよりも、相模線色に戻してほしいと思うのですが。
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by aikoh_denki | 2010-01-09 23:52 | JR常武線


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