愛甲の架空鉄道あれこれ

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2004年 11月 19日

都内最後の気動車列車

小田急新宿駅、1号線ホーム、10:15am。

「あさぎり3号沼津行き、発車しまーす。閉まるドアにご注意くださーい」
駅員のアナウンスとともにドアが閉まると、沼津行き「あさぎり3号」の旅はいよいよ始まる。



それまでガラガラと小気味よいアイドリングを続けていたカミンズエンジンが、ここぞとばかりに咆哮する。あたりに撒き散らされる紫煙と轟音。
ポイントを渡り、甲州街道の人工地盤を潜り抜け、いったんノッチをオフにして新宿1号踏切(大踏切)をソロソロと通り抜けると再びノッチ投入。南新宿の駅を猛然と通過する-

この「あさぎり」の最大の特徴は、その車両と小田急沿線の雰囲気のギャップである。
元来、恵まれた線路をのびのびと走ることを生業とするJRの気動車が、私鉄独特の雰囲気を色濃くたたえる代々木八幡の急カーブや、狭隘で雑然とした下北沢界隈を恐る恐る通過する様はまさに「異様」であり、JR車にとっては気の毒である一方、その独特の雰囲気に惹かれる鉄道ファンも多いという。

そもそもこの乗り入れは1955年に、小田急側の強い要望により開始されたものである。当初は小田急側からの片乗り入れのみで種別は準急(小田急線内は特別準急)、車両も小田急が用意したキハ5000・5100という気動車が使用された。のちに小田急は御殿場線乗り入れ用として、国鉄キハ58系に性能を合わせたキハ5800形を新製、アイボリーに青帯の通勤電車に紛れて活躍した。しかし70年代後半に入ると、鈍足の気動車では小田急線内の過密ダイヤに乗れないことが問題化し、「あさぎり」は一時、昼間1往復まで減便された。

気動車の低性能ゆえに、「あさぎり」は長らく不遇の扱いを受けたが、1991年、小田急は高性能の特急用新型気動車「20000形」を新製投入、これに応じてJRも特急「ワイドビューひだ」に投入したキハ85系を静岡運転所にも配備し、1991年3月16日のダイヤ改正から「ワイドビューあさぎり」として相互乗り入れを開始した。電車並みの性能を持つ気動車に置き換えられた「あさぎり」は、このダイヤ改正において1日4往復に増便され、現在に至っている。

…なんてことがあるわけありません。あったらおもしそうですけど。
むかーしチャットで少し喋ったネタをまとめてみたのですが、要は以前の名鉄と高山本線の関係を小田急に当てはめたようなものです。というわけで、以上、「御殿場線が電化されてなかったら…」という妄想でした。
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by aikoh_denki | 2004-11-19 01:43 | 架空鉄道全般


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